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2012.03.16

いろんな意味で新たな世界へ旅立った2001~2007。一気に視野が広がった2001~2007。

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【2001~2007】
この間はとても波乱万丈と言えた。なぜなら
・妻との出会いがあり、
・10年以上続けた仕事を退職

したから。


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≪2001≫
コンテストが終わり、とてもすがすがしい気持ちで2000年5月以降を過ごしていた。前回言った通り、やれることをすべてやったのでなんの後悔もなかった。ただし、勉強になったことはたくさんあった。もちろん、それは人生の糧ということは当たり前だが、それに限らず何より、“ダイエットやバルクアップ”のテクニック的なことが大きかった。

それをここで書くと長くなるので割愛するけど、この時にかなり将来的に自分のやりたいことが見えてきた。そういう意味ではこの2000年は私にとってとても意味深い年となった。

そしてさらに。

この年に初めて今の妻に会った。


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≪2002≫
いつ会って、どうなって、どう付き合いはじめたか?なーんてことはあなたにとってはあまり面白いことではないだろうから端折るけど、彼女に会ったことは私にとってコンテストに出たことと同じくらいインパクトの強い出来事であった。彼女に会ったことで世界が引っくり返ったのだから。

だって、私たちアジア人と全く違う文化で育ってきたんだもの。常識が違う。言葉ももちろん違う。感じ方が違う。同じものを見ているのに、違うものを見ている・・・。そんな感じ。そのすべてが新鮮だった。ケンカも絶えなかったけど、なんか二人だとうまくやっていける。なんて言う“不確かで一方的な確信”があった(なんだそりゃ)。

しかし、彼女は確実に、狭い世界しか知らなかった私を新たな世界へ連れて行ってくれた。

せっかく外国人と付き合うわけである。これをきっかけに英語を本格的に勉強しよう、と思った。単身オーストラリアのケアンズへ1か月妻を置いて旅立った(ろくに英語なんて話せないのに。友人には「お前よくその英語力で一人で行ったね(苦笑)」なんて言われるが、ビビリの私としてはこれによってビビリがなくなるんじゃないか、と言う、淡い期待もあって行ったのだったがもちろんそんなことは友人には言わず)。

面白いもので2000年のコンテスト終わったあたりから自分で英語は勉強していた。なんだかわからないけど、このタイミングでこの彼女。このようにすべてがうまくつながることもあるんだなー、なんて思っていた。

でも、なんで60億人もいる中から(まあ、女性は30億人くらいか)天は私の前にチェコなんていう馴染みのない国から彼女を送り込んできたんだろう。謎である。



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≪2003≫
2003年も後半。大きな転機が。それまで10年以上勤めていた某会社を辞めた。その時勤めていた会社に意味を全く見出せなかったからだ。半端にはやってこなかった。だからもう十分だった。ここにいても私にはもう意味のない所、って確実に思えた。ここは私のがいるべきところじゃない。ここは卒業・・・・。

妻に出会って世界が一気に広がってから社会の見方が変わっていた。もともと変わった目で見ていたんだけど、妻と出会ったことでやっぱり自分が異端児なんじゃない、ってわかった。だから辞めた。嫌なところにいても自分がどんどん腐っていく。嫌なら辞めればいい。私にとってはとても単純だった。

もちろんアホじゃないから次のアテがあっての退職だ。ちょうどそのころ高校の友人が独立し一人で香港で頑張ってやっていた。彼の影響もすごく強い。彼からのサポートもあり私も独立、となりサラリーマンをやめることとなったのだ。妻と友人。とても大切な2つの要素。

感謝。


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≪2004~2007≫
独立してからは紆余曲折だった。良い時もあれば悪い時も。この辺の話は本題の肉体改造話から逸れすぎるからやめておくけど、でも、いつも心の中に大きな“しこり”があった。疑問とも言えるけど。それは・・・

本職とは別にずっと続けていた肉体改造のコンサルやパーソナルトレーニングを本職にしたい、ってことだった。



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≪初の肉体改造コンサル≫
私のことを昔から知っている人は知っていることだと思うけど、私の初の肉体改造の指導はなんと2000年だった。コンテスト後、同じ職場のアルバイト君の指導だった。どんどん変わっていく私を見て、

「yoshiさん、ぜひ僕にダイエット教えてください!」

って。彼は身長170cmくらいだったかな。でも体重は確か85kgくらい。もう典型的な小太りさん。その彼に食事の基本から考え方まですべて教えて指導してあげた。もちろんトレーニングも見てあげた。すると・・・

3~4か月で68kgくらいに。もう神のように崇められて(笑)。彼曰く、

「デブネタ使えなくなりました。。。」

って(笑)。そこから私の肉体改造指導ヒストリーが始まった。その後何人も見てきたんだけど、やっぱり今こうやって思い返すと最初の彼が一番思い出深い。初体験だからね。

この頃から次第にちょろちょろと友人たちにいろいろ指導するようになっていった。時には3人一気に面倒見ることもあった。3人のトレーニングを一緒に見ることもあった。結果を出す人が多くなったり、妻の関係で知り合いが増えると依頼も多くなっていった。



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≪ブログスタート!≫
でも、やっぱり“ちょろちょろ”から“ちょこちょこ”に変わったのは2004年の12月にブログを始めてからだった。ブログを始めると友人、知人だけじゃなくなっていった。

最初はもちろんお金なんていただいていなかったけど、途中からしっかりといただくようにした。なぜなら、口だけで全然私の言ったことを守らない人が多くなっていったから。それと続けない人も。こんな関係はいやだった。だからしっかりとお金を取ることにした。

それとこれも私は良く言うんだけど、

「お金を払ったんだからあとはよろしくね♡」

タイプももう受け付けないことにした。ちょっとお金を持っている人に多かった。こういう人とやると本当につまらない。なぜなら私をただの道具としてしか見ないから。ダイエットのためのツール・・・

ここから最低限のルールを決めてそれができる、って人のみにすることにした。もちろん、お客さんは減ったけど、別に構わなかった。だって本職じゃないんだから。でも・・・


自分が培ってきた“知識と経験”で人の望みを叶

えてあげて、


そしてそれで感謝される仕事の味を知

ってしまったらもうやめられない・・・



そんな状態になっていた。



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≪そして、生まれた・・・≫

ずっと思っていたことがあった。

コンテストに出てからずっと。

それは・・・

肉体改造をするための知識と経験の“価値の高さ”。 これを知っていれば誰でも効率的で、効果的な肉体改造ができるじゃないか・・・ってこと。 しかも、合理的に。

ここからは私のメルマガの抜粋になるけど、本当にそう思った。


~メルマガからの抜粋~

こんなにも、理論的で、科学的、誰にでも“再現性”のある“価値ある知識”がまったく世間と共有されていない。ボディービルというマイナーで“小さな世界でだけ”共有されている。

こんなにも世の中には“肉体改造”をしたい人がいるのに・・・。
こんなにも、理想の体を求め、さまよっている人がいるのに・・・。

~ここまで~


自分の知識と経験と、そして自分の才能で飯を食っていきたい。

2000年以降、ほぼ体を体脂肪率8%台で維持してきた。視野を広げる旅に出た私にとってトレーニングがすべてではなくなったけど、もちろんトレーニングは続けていた。たったの週2回くらいだったけど。多くて3回。それでも太らずにきた。

たとえ太ったとしても知識と経験があるかるすぐに戻せる。これも良く言うけど、

体重体脂肪率はすべて私のコントロール下。

これを欲しい人って世の中にいっぱいいるじゃん!

私の知識と経験で喜んでくれる人がいる。
助かる人がいる。
感謝してくれる人がいる。

私もなんとか飯が食えるくらいの報酬をいただける。


健全。


そして生まれたのが・・・

『筋トレ大百科』。

私の集大成だった。

続く。

次回最終回。

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P.S
別にもともとこの今回の企画始めたのは宣伝ではなかったけど、私の歴史を振り返る以上仕方ないですね。宣伝も(笑)。

最初はGoogle+の方からのご要望で私の情けないビフォーを見たい、ってことで始めましたけど、やっぱり写真を探して、そして振り返りつつこうやって文章作っているとついついいつものように力が入ってしまいます。、ちょこちょこって写真アップして「はい、どうぞ」ってできない。“簡単に”ってのができない。

職人気質なんですかね?(苦笑)。軽く取り繕うことができない。なんだかんだとけっこうこの企画に時間使ってます(笑)

それだけ使っても私のことをより理解してもらえることに繋がるんだったらこの時間は無駄じゃない。そう思えます。ってことで次回が最終回で、歴史で言うなら近代史って感じでしょうか。また明後日くらいを予定しています。良かったらまた読んでね。では。

『筋トレ大百科』
http://kintore-daihyakka.com/infohouse/

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『筋トレ大百科』

私の体を創り上げたすべての秘密がここに。

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コメント

本当に貴重なお話をありがとうございました。私の尊敬する方に、偶然は存在しない、すべて必然なんだと言われたことがあります。yoshiさんのお話を読んでいますと本当にそうなんだと納得してしまいました。このシリーズは、本当に為になりました。欲を言えば、奥様との出会いとかもお聞きしたいなあって思います coldsweats01

投稿: fuji | 2012.03.16 19:05

相変わらずすごい体ですね。
質問なんですが、背中は
チンニングとワンハンドダンベルローをやっていますが、
チンニングだけでいいでしょうか?
ワンハンドダンベルローの必要性があまり感じられません。
チンニングは体重70kgで10kg加重してますがやはり筋肉痛にたまになりますが、ワンハンドダンベルローは・・・・
左右交互にやるべきでしょうか?また、なぜかこの種目は
筋肉がオールアウトするまえに呼吸がきれます・・・・

フォームが悪いのでしょうか・・・・・

投稿: OWA | 2012.03.20 22:43

OWAさん、yoshiさんも忙しいと思いますので、私が代わりに
答えましょう。ハッキリ言って、ワンハンドダンベルローという
種目は不要です。この種目は筋肉に効かせるのが非常に
難しいのです。なぜなら、フォームが少し違うだけで使われる筋肉
が変化してしまうからです。ヒジをおヘソ付近に引いた時は、
うまく広背筋に効きます。ややチーティング気味に引いた時は、
ヒジが乳房付近に近づきますね。これは最後の1~2回をする時、
つまり、限界近くの回数になると、無意識の内にフォームが
崩れて、そうなってしまうのです。この状態だと、広背筋に効く
のではなく、肩と僧帽筋に効いてしまうのです。
このワンハンドダンベルローという種目が様々なトレーニング教本
に載っているからといって、それが必ずしも効果的な種目とは
限らないのです。一種目目は広い背中を作るためにチンニング、
二種目目は、厚い背中を作るために「バーベルベントオーバーロウ」
を採用すると良いでしょう。

投稿: 通りすがりの名無しの権兵衛 | 2012.03.22 00:05

了解しました!
バーベルは家にないので、背中はチンニングだけで鍛えようと
思います!ありがとうございます!

投稿: OWA | 2012.03.22 07:58

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