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2012.03.13

無知からスポットライトのあたるステージへ上がった2000。最高且つ至高の3か月間を過ごすことができた2000。新たなるステージへ根拠ある自信を築けた2000。勝ち続けることができた2000。

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【2000】

≪1999 8月≫
1999でコンテストに出るわけでもないのにそれなりに絞れた。それにより絞ることの本質を、知識レベルだけではなく“経験レベル”でも知ることができた。これはある意味大いに自信につながった。

【2000】

数年出続けているビルダーでさえ体重をコントロール下に置いていない人は多い。実際自分の周りのビルダー仲間の多くが今でも苦労している。その多くの原因はほとんどの場合、自分が何をどれくらい食べているかを把握していない、という共通点がある。

感覚に頼り過ぎ。

感覚に頼ることは大切であるが、頼り過ぎると客観的な視点を失う。だから何が原因で体重が減らないかがわからないのだ。

まあ、それはいいとして。本題に戻ると、そのようにある程度絞れた私だったので、これ以上絞るなら、これくらいこれをカットして、これくらい有酸素運動を増やして、っていうのがわかったことで自信を深めていた。

そして、そのある程度絞れた体で自信を持ってトレーニングしていたからか、さらに
「コンテストに出ましょうよ」
というビルダー諸先輩方からの“勧め”が多くなってきた。

子虎だった私は再び豚マインドに戻りまた木に登りたくなってしまったのだ。


≪1999 9月≫
そんなビルダー諸先輩方にそこまで押していただくとそろそろ自分の力を試してみてもいいんじゃないか?って思えるようになってきた。自分ではその筋量の無さに、数年先までは出るつもりなんて全くなかったんだけど、いざ絞ってみるとそれなりに見れるくらいの体にはなれた。客観的に見てもそう思えた。

また何より私はプロポーションが良かった。だから“見映え”が良かった。それを見て諸先輩方も強く勧めてくれたんだと思う。ダイエットが8月に終わり、9月にまた新たにバルクアップしていこう!ってときにはもう気持ちはコンテスト出場に向いていた、と思う(今思い返してもどの時点でコンテストに出よう!って思ったのか定かではない・・・)。



≪1999 9~12月≫
おそらく10月も後半になってくらいに出場しよう!って決めたんだと思う。この頃の体はダイエット明けで、体脂肪が少ないままいい感じでバルクアップできていたから。だから周りからの反応もとてもよかった。そう一番搾っていた8月と同じくらい。

一番搾った時で64kg台だったけどこの頃は70kg近く。しかもそこまで体脂肪率が増えていないまままで6kgアップ。これだけ脂肪がほとんど付かずにバルクアップしていると見映えは相当違う。「もしかして俺って最高に才能あるんじゃン?」って初めて思えた(もちろん勘違いだけど)。

そう、そんな勘違いをしたもんだからまた “さらに” とか “もっと” を求める心が強くなった。だからこそ、さらにハードにトレーニングし、そして・・・

食べた・・・。

食べなきゃ筋肉付かないんだから。

コンテスト出るなら筋量は絶対。

食べなきゃ。

そして再び豚に・・・(苦笑)




≪2000 1月≫
当時の私の仕事は年末年始が繁忙期。この時はトレーニングがなかなか思うようにできない。でもコンテストに出る、って決めたからには筋量だけは減らせない。あまりトレーニングできないが、とにかく食べることだけはしっかりとやっておこう。以前よりももう少し賢くできるようにはなっていた。

でも。

やはりトレーニング不足は否めない。それでも、前回の1999のダイエットスタート時は70kgスタートだったのに2月になるころには72~73kgにはなっていた。前回の豚さんより一回り大きな豚さんにはなることができていた(まあ今写真見返すと豚さんであることには変わりはない・・・。それでももう少し筋肉でプロポーションが作られている感じはボディービル的な目で見ると見て取れる・・・んだけど)。

この頃からの写真が今日アップした写真たちだ。



≪2000 2~5月≫
さあ、ここからダイエットスタートだ!本気のコンテストに勝つためのダイエット。今まで約5年頑張ってきたことの醜態成!あ、間違えた。集大成だ!今ならこんな時は迷わずマインドセット。しかし、当時はそんな言葉など知らない。でも、言葉は知らなくても人間本気で何かを“やってやろう!!”って思うと自然としていること。

なにも横文字を使って言うほどのことでもない。自然に心の中で、紙にも書かず、声にも出さず行なっているはずだ。

決心、決意、決意表明を。

そして、心にホームを作るものだ。

何かあったらこの今の気持ちに戻ってくるんだ・・・って。

一番に心に浮かんだことそれは、

絶対に言い訳をしない!

ってことだった。

あの時、ああしておけばよかった・・・  
あの時、あんなもの食べなければよかった・・・  
あの時、あんなもの飲まなければよかった・・・  
あの時、あそこに行くんじゃなかった・・・

といったかっこ悪く情けないことは絶対に言わない!もちろん、経験してこそ知ることはあるが、その時は知らないこと。だからそれは後悔にはならない。次回に「なるほど、こうすればいいのか!」にすればいいだけ。

こうしておけばよかった・・・

ではなく

こうすればいいんだ!

に。

~~

~~




≪コンテスト出場の意味≫
優勝してみんなからチヤホヤされることが目的ではなかった。ただ単に

自分がどこまでがんばれるかを知りたい、という純粋な興味だった。

他人との闘いではなく、自分との闘い。
自分への挑戦。
限界への挑戦。
勝負に勝つ前に自分に勝ちたい。勝ち続けたい・・・

でも面白いもので、今までこういうことを真顔で言うと幾人かに???ってな顔をされる。私こそわからないんだが、本当にこういうことがわからないんだろうか???

いや、その幾人かのほとんどが女性なのだが、数人は男性なのだ。私は女性になったことがないので女性の本質的な思考回路や女性にありがちな思考はわからないので、まあそんなもんなのかな、って片づけることができるんだが、少なくとも男性は理解できない。

そう言えば、一回こんなことを言われたことがある(男性)

「どうしてそんなつらいことやんの?」

・・・。

きっと“豊かさ”ということの本当の意味が分からない人なんだとおもう。

安易な快楽ばかりを求め続けている人なんだと思う。だれでもできる快楽しか経験がないんだと思う。

何か難解なものを解いたときに感じる幸福感。
自己を律することができたときに感じる自己征服感。
達成不可能と思われるものに挑むときに感じるあの昂揚感。
スクワットを「あと1レップやったら気を失うな」ってところまで追い込んだときに感じるあの達成感。
そしていいトレができた時、自分に勝ったトレーニングできたあとに感じるあの“マッタリ感”(笑)。

本当の幸福感って安易な快楽の中にはない。そういう人は人としてきっと低い次元でしか生きてこなかったんだと思う。

話は戻って。

そう、とにかく自分がどこまでできるのかを知りたい、という純粋な気持ちが強かった。

他人との闘いではなく、自分との闘いをしたかった。
自分への挑戦。
限界への挑戦。
勝負に勝つ前に自分に勝ちたい。勝ち続けたい・・・




≪結果≫
最高の結果だった。いや競技での勝負には負けた。惨敗だった。いや、始めて素人が出て一番の激戦区で(何人だったかなー、24~30人くらいだったかなー)予選を突破し、7位入賞ができたことは十分だった。でも本人はおだてられて木に登るところまで登っちゃっていたので7という場所には競技者として満足はできない。

でも。

自分との闘いには完封と言っていいほど勝った。
自分へ挑戦し続けることができた。
限界に挑戦し続けた。
3か月間ずっと勝ち続けることができた。

そしてなにより・・・

一つも言い訳することがなかった。

最高の時を過ごした3か月間だった。
最高に充実した3か月間だった。
本当にやり切った3か月間だった。

おそらくこんな感覚になることはもうこの先ないだろうと、って思う3か月間だった。

なぜなら、初体験だからこそ、知らないからこそ、ピュアに自分に厳しくできたから。 今なら知識と経験が付いた分、ここまでしなくても良い、ってことがわかっているから。

「そこまでしたからと言って体が変わるわけじゃない」 とか
「そこまで厳しくしたからと言って体が良くなるわけじゃない」とか
「自分に厳しければ厳しいほど良い体になるわけじゃない」 とか
「むしろもっと気楽にやった方がストレスがなく体には良い」 とか
「むしろ1週間に一回くらい好きなものをある程度食べた方が脂肪が減りやすい」 とか。

根性やマインド強さだけで体が良くなるわけじゃない、ってことをもうすでに知っちゃったから。なにもこんなに修行僧のようなことをしなくてもいい、ってわかっちゃったから(笑)。

とにかく。

このコンテストの経験を通じて自分が2ステージ分くらいレベルアップできた、って思えるようになった。“根拠のある自信”を身に付けることができた、て思えた。今までもどちらかっていうと自信家だったけど(苦笑)、でもその自信てなんか自分で築いた自信じゃなくて家族からもらった愛情とか、先天的なものとかだったような気がする(もちろんそれだけじゃなけど。野球やってたんで)。

でも、今度は29歳という大人の男として確固たるマインドの元、自らの意志で“自ら”に戦いを挑み、そして挑戦し、最後には勝った。その間小さな戦いに勝ち続けてきた。そこから得ることができた自信だった。これはその後の私に大きな大きな力を与えてくれることとなった。



≪そして新たなる旅立ちの2001へ≫
その後一回もコンテストには出ず。

「yoshiはコンテストで燃え尽きて真っ白になっちゃったんだよ」

とジム内ではまことしやかにささやかれたとかささやかれなかったとか。でも私には関係なかった。好きなトレ続けていたし。だけど、でもその頻度は格段に少なくなっていた。

なぜなら、私は今度は少し違う世界を見たくなったから。

約5年。

ボディービルのために捧げてきた。のめり込んできた。もうトレーニングしか見えなかった。遊んでなかった。トレーニングのため人付き合いも悪くなっていた。

良くビルダーにこういう人がいる。

「ボディービルしか知らない人間にはなりたくない。」

ボディービルしか見えなかったコンテスト前の私には、「なんて半端なやつなんだ。だから、そんな成績なんだよ」という、てめえでまだ結果を全く出してないくせにまるで自分が世界チャンピオンみたいな思考で上からその彼をジャッジしていたが(恥ずかしすぎる。痛すぎる)、いざ自分で自分を振り返ってみると、5年も狭い世界に閉じこもってきた。

そう見ると、この

「ボディービルしか知らない人間にはなりたくない。」

の意味が少しわかるようになってきていた。もっといろいろと人に会い、見聞広げ、もっと人生を楽しみ謳歌するべきなんじゃん?って自然に思った。

遊んでばかりいて何をしていいのかわからなかった18~22歳。
トレーニングに出会い魅了された24歳。
どっぷりトレーニングに浸かってトレーニングしか見えなかった25~28歳。
コンテストに出た29歳。

さて、これから30代。

ちょうど節目。そんな“節目”なんて全然考えてなかったけど、こうやって振り返ると区切りのいい時に違う視点になっている。

そう、ちょうどそんな視点になった時にに出会ったんだった・・・

続く。

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